在宅医療のこと、もっとよく知ろう!⑫

在宅医療のこと、もっとよく知ろう!⑫

こんにちは。いい病院ネットです。

最近、在宅医療を通して、本当に家族で話し合っているのだろうかと思うことが増えた気がします。在宅見取りをする方も増えてきていますが、同時に“こんなはずじゃなかった”と思う方も増えたように思います。

在宅で看取ることは、考えるほど難しいことでもないですし、思うほど簡単でもないのです。それは、“覚悟”があるかないかということ。内閣府発表の「平成28年度版 高齢者白書」では、家に高齢者(65歳以上)の方がいる割合が46.7%という統計が出ています。今後さらに、その割合は増えることになり、高齢者が高齢者を看取る、おひとりさまと呼ばれる高齢者の親を、看取りを目的に子供たちが見る可能性も増えると思われます。

自分がいつか終焉を迎えるとき、家族が終焉を迎えるときのこと、話し合っていただくために、今回は話を進めていこうと思います。

0819
『本当に話し合っていますか?』

■病気によって、見取りの経過は違います

私は、がん医療にかかわることが多いので、がん患者さんの経過を説明することが多いのですが、がん患者さんの多くは、やれる治療がなくなり、自分の力で動けなくなってからの経過が早いのが一般的です。

そのため、意識があって話ができたとしても、自力で起き上がれなくなってからは数日から週単位の場合で、家族の方が看取りを行うことも多いのです。

しかし、認知症や脳血管疾患、関節や骨折などがきっかけとなったいわゆる「寝たきり」、高齢による衰弱などの場合には、その見通しを見ることが難しく、緩やかに状態が低下していくことになります。そして、その過程で誤嚥性肺炎を起こしたり、自宅で転倒したり、認知力が低下したりといった変化を、家族の方が受け入れることが難しくなることも起切ることがあります。

■「自分だったら、延命はいらない」のはずが、実は

内閣府発表の「平成28年度版 高齢者白書」では、65歳以上の方に延命治療に対する考え方についても発表しています。約91%の方が、「延命のみを目的とした治療は行わず、自然に任せたい」と希望しています。

ですが、実際はどうなのでしょうか。

日本は、病院で人の見取りをする時代が長く続きすぎ、「自然に任せる」ということがどういうことなのか、「延命とはどういうことなのか」を、多くの方は生活の中で体感することが激減しました。

そのため、亡くなる側も、看取る側も、「ただ何もしないままでは辛いから治療をしてほしい」と思い、「食べられないと死んでしまうから何かしてほしい」と考えてしまう。しかし、高齢の方にとって、点滴やお薬も逆に命を縮めることもありますし、開始してしまった場合に今度はやめることができない処置などもあるのです。

■色々な経過を想像する

自宅で看取るということは、その期間がはっきりしていても、その覚悟がないと難しいことになります。テレビドラマのようなイメージだけを持っていると、立ち行かない事態が起きたときに慌ててしまうことになります。

例えば

〇家族を責める、依存する
〇せん妄という意識障害を起こす
〇昼夜逆転してしまう
〇嚥下力が低下し、誤嚥を繰り返す
〇おむつ交換や処置を家族が担う

場合もあります。見た目に回復したと思った矢先に、急激に悪化することもあります。呼吸が苦しそうに見える場合や、手足を不規則に動かすなどの症状がおこることもあります。

ですが、それがすべて異常ではなく、死にゆく過程の自然な経過の場合もあるのです。そんな時、どうすることが最善かを、家族を含め、体験した身内や医療者などから説明を聞き、より具体的にイメージすることが大切です。

イメージ化することができると、不安の形が明確に見えてきます。

○寝たきりになった時に、何をしたらいいかわからない
○誤嚥する可能性があるのに、自宅でどうするのか
○動けなくなっても介護はできるけれど、自宅で看取るのはできそうにない
○体調が変化したときは、病院に相談するけれど、最後は自宅で看取りたい

そんな姿が見えてくると思います。在宅介護は、きれい事だけではできないですが、やり切った感を得ることはできることも多いです。しかし、覚悟が決まっていない、具体的な状態の変化に対応する方法を考えていない場合には、看取る側の心が傷つくことがあるのです。

■情報を集める時間を意識して作る

今ほど、「終活」が騒がれている時代はないと思います。ある意味、ビジネスとして活用されている部分もあります。もちろん死後困らないように、お墓や財産分与などをクリアしておくことも大切かもしれません。しかし、本当に話し合うべきことは、

〇どこで最期をすごしたいのか
〇何を、絶対にしてもらいたくないのか
〇そして、誰に看取られたいのか

を逃げずに話し合っておくことです。医療者であっても、交流が深かった方がなくなる時は、心が揺れますし、後悔するものです。まして、家族の立場で、初めての看取りを経験する場合には、支えになるのは“話し合った事実”です。

自分と同じ年代の芸能人がなくなった時や、大切な方の命日、お盆などの節目に、大切な家族を介護する、看取ることを、話し合っていただけたらと思います。そして、その回数が多いほど、死について話すことが怖くなくなり、心のブロックが外れた状態で、本音が話せることも多くなります。

まとめ

在宅での介護も看取りも、考えた以上にスムーズにできる場合もありますし、想定外の事態も起こりうるものです。“こんなはずじゃなかった”と思ったときに、心の支えになるのは、“話し合った”事実。少し、横道にそれたとしても、相手が望んだことを“できる限り”(全部でなくてもいいのです)叶えていけることができる。そのために、本当に大切なこと、話し合ってほしいと思います。

ライター:村松まみ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>